炭酸ガス経皮吸収療法の研究成果

炭酸ガス経皮吸収療法とは、 炭酸ガスをなんらかの方法で皮膚から吸収させて薬理効果を得る方法で、「CO2経皮吸収技術について」で示したように、天然や人工炭酸泉では、濃度が1,000ppm=0.1%程度の溶存CO2が治療に用いられます。ただし、炭酸泉は温泉地に出かけたり、入浴する必要があったりして簡便性に欠けると言わざるを得ません。

美容外科の分野では、炭酸ガスの皮下注入によりセルライトが減少するとの報告があります(Brandi C, D’Aniello C, Grimaldi L, Bosi B, Dei I, Lattarulo P, Alessandrini C: Carbon dioxide therapy in the treatment of localized adiposities: clinical study and histopathological correlations. Aesthetic Plast Surg 2001; 25:170-174、他)。
しかしながら、この方法は侵襲的であり、広範囲の炭酸ガス経皮吸収のためには、何ヶ所も注射をする必要があり、患者は注射の痛みに耐えなければなりません。

炭酸ガス経皮吸収療法は、神戸大学医学部を中心に、主にハイドロジェル塗布式炭酸ガス治療システムにより、濃度約100%の炭酸ガスを、原理的には量的限界なく経皮吸収させることにより、様々な疾患や創傷などに対し、患者に痛みや長時間の拘束などの苦痛を与えない、安全で有効な治療、すなわち、低侵襲高濃度炭酸ガス療法の開発を目指しています。

神戸大学医学部を中心に、炭酸ガス経皮吸収療法に最も多く利用されているCO2経皮吸収技術であるハイドロジェル塗布式炭酸ガス治療システムは、炭酸ガス吸収促進剤であるハイドロジェルと、炭酸ガスボンベ、患部を密閉するビニール袋があればCO2経皮吸収治療が実施でき、入浴の必要がない、非常に簡便な治療システムです。
また、炭酸ガス皮下注射のように痛みを伴わず、低侵襲でCO2を経皮吸収できるため、炭酸ガス皮下注射の問題点も克服しているため、低侵襲高濃度炭酸ガス療法と呼べる治療法と考えられます。

CO2の吸収様式は、炭酸泉では、皮膚の外側にある溶存CO2が、まず角層に滲み込み、そこから血管や筋肉などの組織に吸収されると考えられます。

それに対し、ハイドロジェル塗布式炭酸ガス治療システムでは、角層内に滲み込んだハイドロジェルによりCO2溶解・貯蔵槽が形成され、それが角層以下の組織と連続構造を形成し、そこから血管や筋肉などの組織に吸収されると考えられます。つまり、炭酸泉と比較すると、角層への溶存CO2の滲み込みというステップが省略されていると考えられます。

さまざまな実験結果から、このステップがCO2の経皮吸収におけるボトルネックであると推察されます。すなわち、炭酸泉や炭酸ガス皮下注射では認められていない、CO2の経皮吸収による筋力増強作用や骨折治癒促進作用、がん細胞特異的アポトーシス誘導作用による抗がん作用などが、ハイドロジェル塗布式炭酸ガス治療によって発見されました。これらの事実は、低侵襲高濃度炭酸ガス経皮吸収療法が、CO2が潜在的に持つ薬理作用を引き出したと言えます。

新発見されたCO2の作用

神戸大学医学部を中心とした、低侵襲高濃度炭酸ガス経皮吸収療法の研究により発見された、CO2の新たな作用について概観します。

筋疲労回復促進・筋力増強作用(皮下脂肪減少作用)

炭酸泉には疲労回復効果があることが報告されています。炭酸泉よりも、CO2経皮吸収効率が高いと考えられるハイドロジェル塗布式炭酸ガス治療システムは、より強い疲労回復効果が期待できます。
神戸大学医学部における、CO2の薬理作用を明らかにする研究は、最初は疲労回復効果を対象として開始されました。

疲労は日常、誰もが経験する心身の状態です。例えば糖尿病であれば、血糖値を測定すれば糖尿病であることや、症状の重さが判断できますが、疲労にはそのように比較的簡単に数値化できるマーカーがありません。
そこで、神戸大学医学部整形外科では、筋力を疲労のマーカーにすることになりました。すなわち、運動をして疲労したら筋力が低下するので、その低下した筋力がCO2で回復する度合いを数値化することで疲労回復効果を測定しようということです。
例えば、運動負荷をかける前の大腿四頭筋の筋力を100%とし、一定の運動負荷をかけた後の筋力が70%に低下したとします。運動終了の一定時間後に一定量のCO2を経皮吸収した大腿四頭筋の筋力が80%に回復し、何もしない脚の筋力が70%のままであれば、CO2経皮吸収によって筋肉疲労の回復が促進されたと推察できます。

実際の実験では、14名の被験者に Myoret という筋力測定機(筋力トレーニングもできます)で運動負荷前の筋力を測定しました。続けて Myoret を使った膝の前蹴り運動(大腿四頭筋に負荷がかかります)を300回行ってもらった後、再度筋力を測定しました。その後、各被験者の右下肢にのみ、ハイドロジェルを塗布してビニール袋で密閉し、炭酸ガスを充填して10分間安静にしてもらいました。左下肢はハイドロジェルを塗布し、ビニール袋で覆うだけの無処置脚としました。その後、再度筋力測定を行い、計測翌日から3日目まで、炭酸ガス経皮吸収を10分間、右下肢のみ行いました。筋力測定は翌日、2、3,7日後に行いました。併せて筋肉の痛みと疲労感を Visual Analog Scale(VAS)で数値で記載してもらい、また、片脚跳躍距離を測定しました(普通の人は Myoret を使った300回の膝の前蹴り運動は立つのもやっとの筋肉疲労を起こします)。

結果は、CO2経皮吸収が筋力トレーニングの疲労の回復を促進する=低下した筋力の回復を早めるだけでなく、負荷をかける前よりも筋力が増強される結果となりました。
筋肉痛の改善も早く、CO2経皮吸収は痛みに即効性があることもわかりました。痛みの軽減作用は、筋肉痛だけでなく、肩こりや四十肩、腰痛、捻挫、肉離れなどにも認められています。

さらに、運動負荷をかけなくても筋力が増強されるという、意外な結果が得られました(酒井良忠:デサントスポーツ科学 2014;35;107-112)。

要するに、炭酸ガス経皮吸収により、運動しなくても筋肉が鍛えられることがわかったのです。
炭酸泉では知られていなかったCO2の筋力増強作用は、神戸大学医学部整形外科が世界で初めて明らかにした、CO2の隠された作用です。
なお、同じデサントスポーツ科学の論文の中で酒井教授は、炭酸ガス経皮吸収により、下肢の筋線維の肥大と皮下脂肪の減少も報告されています。

筋力はスポーツ等において成績を左右する基本要素ですが、実際にCO2が運動パフォーマンスにどの程度影響を与えるかが重要です。
そこで、ラットを回転かごに入れて自由走行運動をさせる実験が行われました(大江啓介ら、Jpn J Rehabil Med 2013; 50: 195-201)。

ラットを回転かごで 1 週間の走行テスト後、下半身に炭酸ガスを経皮吸収させる群(炭酸ガス群、8匹)、運動のみを行う群(運動群、8匹)、運動も炭酸ガス経皮吸収も行わない群(コントロール群、8匹)の3群に分け、運動群と炭酸ガス群に毎日(5日/週)30分間の運動を4週間実施した後、すべてのラットの前脛骨筋を摘出し、組織学的・生化学的に筋線維が解析されました。

結果は、炭酸ガス経皮吸収によってラットの持久走のスピードが、トレーニングしたラット以上に上がることが明らかになりました(大江啓介ら、Jpn J Rehabil Med 2013; 50: 195-201)。

ラットは走行のペース配分ができない(しない)ため、最初の5分間はほぼダッシュのスピードで走り、疲れてしまうため、10分以降は通常はスピードが落ちます。5分ごとの走行速度の解析の結果、ダッシュ走行で疲れても、炭酸ガス群は走りながらも疲労が回復し、30分走り続けたにもかかわらず、30分目にはほぼダッシュのスピードでの走行が可能なことがわかりました。
すなわち、下半身からの炭酸ガス経皮吸収により、持久力が上がったと推測されます(大江啓介ら、Jpn J Rehabil Med 2013; 50: 195-201)。


30分間走り続ける運動のスピードが後半で上がるためには、単に筋力が増強されただけではできません。心肺機能の増強も炭酸ガス経皮吸収により可能であることが推察されます。

炭酸ガス経皮吸収による筋力増加が起こるメカニズムが、回転かごの自由走行と非運動のラットで筋肉の組織学的変化、生化学的解析によって調べられました(Oe K, Ueha T, Sakai Y, Niikura T, Lee SY, Koh A, Hasegawa T, Tanaka M, Miwa M, Kurosaka M:The effect of transcutaneous application of carbon dioxide(CO2) on skeletal muscle. Biochem Biophys Res Commun 2011; 407: 148-152) 。
その結果、筋肉内小血管数の増加、ミトコンドリア量の増加、ミオシンアイソフォーム分類による筋線維の分類の変化(筋力トレーニング実施後の筋線維の変化と同様の変化=IIb型がIId型に、IId型がさらにIIa型に変化)、血管新生因子である vascular endothelial growth factor(VEGF)、ミトコンドリア生合成増強因子である peroxisome proliferators activated receptor-γ coactivator-1α(PGC-1α)の増加が確認されました。

ミトコンドリアが増えるということは、細胞の活動に必要なエネルギーであるATPの産生量が増えることが期待されます。
ミトコンドリアの増加は、医療上も健康、美容上も多くのメリットが期待されます。低侵襲高濃度炭酸ガス経皮吸収療法は、これまでに治療法がなかった病気などを治し、これまでの治療法よりも病気やケガを早く治し、運動不足の体をより健康に近づけ、健康寿命を延ばし、余分な脂肪を減らし、若々しい肌を作るなど、人類の夢に一歩近づける技術になると期待されます。

骨折治癒・骨成長促進作用

骨折の治療法としては、程度が軽い骨折に対しては、ギプスなどを用いて骨折した部位を固定し、骨が自然に癒合するのを安静を保って待つ「保存的治療法」があります。例えば胃潰瘍であれば、胃酸の分泌を抑える薬や、胃潰瘍の原因とされるピロリ菌を抗菌薬で排除するなどの積極的治療が行われますが、骨折の場合は積極的に治す治療法に乏しいことを意味しています。

ハイドロジェル塗布式炭酸ガス治療システムを用いた筋肉に対するさまざまな研究において、経皮吸収されたCO2がミトコンドリアを増やすことがわかったため、本システムを用いる治療法の応用範囲が非常に広いことが予想されました。神戸大学医学部整形外科では、骨折の治療が次のターゲットとなりました。すなわち、骨折の治癒期間を短縮したり、骨が癒合しない難治性骨折を癒合させたりといった、骨折の積極的治療法開発が目指されました。

ラットの骨折モデル実験において、骨折治癒過程で重要とされている係留化骨(anchoring callus)の出現が、治療開始後3週間で、固定のみのコントロール群では36%であったのに対し、本システムでは86%のラットで認められました(図1参照)。免疫組織学的には、治療開始2週間での毛細血管の密度が161 対 258 と有意に高くなる(図2参照)などの骨折治癒促進作用が推察されました(Takaaki Koga, et al., J Bone Joint Surg Am. 2014;96(24):2077-84)。

この論文が掲載された ジャーナルは、整形外科の研究者にとっては最高レベルの雑誌ともいわれ、一流ホテルで論文掲載記念パーティーが開かれたほどです。これ以外にも、神戸大学医学部のいろいろな先生が、さまざまな学会賞や論文賞を受賞されており、神戸大学医学部の低侵襲高濃度炭酸ガス療法研究が、いかに優れたものであるかがご理解いただけることでしょう。

神戸大学病院では、難治性骨折に対するハイドロジェル塗布式炭酸ガス治療システムを使った臨床試験が実施され、安全性と有効性が確認されました(Niikura, T., Iwakura, T., Omori, T. et al. Topical cutaneous application of carbon dioxide via a hydrogel for improved fracture repair: results of phase I clinical safety trial. BMC Musculoskelet Disord 2019;20:563)。
試験中に、炭酸ガスを経皮吸収させた部分の皮膚が若返ったようにツヤツヤできれいになり、患者さんが喜んでいたので、CO2経皮吸収に美容効果はありそうですが、研究対象ではないため、美容関係のデータは一切取っていません。

他にも低侵襲高濃度炭酸ガス療法により、多くの骨折関係の研究が行われていますが、そのなかでも本療法ならではのユニークな作用として、詳細は省略しますが、骨密度の上昇と、骨成長促進があります。

骨密度の上昇は、骨折しにくい丈夫な骨ができる可能性があり、スポーツでのケガの防止に期待が持てるだけでなく、骨粗鬆症の予防効果も期待されます。

骨成長促進は、片脚だけに炭酸ガスを経皮吸収させると、片脚だけが長いラットができるため、背が高くなる技術として期待されます。実際に、12歳で身長の伸びが止まった18歳の女性が、炭酸ペーストを太腿や膝下を含む下半身に塗ったところ、3ヶ月で3cm身長が伸びたという報告がありました(比較実験等がないため、偶然の結果である可能性があり、低侵襲高濃度炭酸ガス療法の効果といえるものではないことをお断りしておきます)。その身長の伸びは、膝が3cm長くなった結果というので、これがもし本当に低侵襲高濃度炭酸ガス療法の効果であれば、遺伝等に関わらず、誰でも八頭身になれる可能性があるかもしれません。
ただし、ラットは一生が成長期にあたるため、年をとっても脚が長くなりますが、ヒトの場合は、成長期を過ぎると、CO2の骨成長促進作用は無効と考えられます。ついでに、ラットの実験では、低侵襲高濃度炭酸ガス療法により、骨は長くなっても太くなることはありません。

低侵襲高濃度炭酸ガス療法は、骨折の治療期間を短くできるだけでなく、治療中の筋力の低下を防げる可能性があること、筋疲労回復や筋力増強作用等が骨癒合後のリハビリテーションを補助できると期待されます。

アポトーシス誘導作用による抗がん作用


CO2はがん治療でも効果が期待されています。がん細胞に対するCO2の抗がん作用は、筋力増強作用等のメカニズム解明結果から予想されました。すなわち、CO2の経皮吸収により、がん組織内の酸素不足状態が改善され、ミトコンドリアが増えて活性が増強することによる、ミトコンドリア経路のアポトーシスを誘導できると期待されたのです。
アポトーシスについては詳しく解説したサイトが多いので、それらをご参照いただきたいのですが、簡単に言えば、遺伝子に最初からプログラムされた細胞の自殺命令があり、おたまじゃくしのしっぽが切れたり、動物の指の形成などを司っています。
アポトーシスは通常、発生や成長の過程で遺伝子のプログラムに従い、適切な時期に決められた細胞を適切に除去することで正常な組織を維持し、何らかのダメージを受けた細胞や、病原体に感染した細胞を排除することで個体を健康な状態に保ちます。ところが、がん細胞はいくら異常な増殖をしても、アポトーシスによって排除されないため、免疫系による排除からも逃れたがん細胞は、患者を死に至らしめることになります。

抗がん剤や放射線は、がん細胞に対する選択性の低い毒性によるがん治療を行うため、どうしても正常細胞へのダメージが避けられず、副作用を伴います。
それに対し、がん細胞がアポトーシスを回避する原因をがん細胞選択的に解消することができれば、抗がん剤や放射線のような副作用を伴わない、理想的ながん治療が可能になると期待されます。

がん組織は低酸素状態にあり、がん細胞はミトコンドリアの有酸素代謝による高効率ATP産生は行わず、主に解糖系代謝でATPを作っていて、低酸素誘導因子HIFを介して低酸素状態に適応し、ミトコンドリアの活性を抑制するといわれています(Brown, J.M. & Wilson, W.R.(2004) Nat. Rev. Cancer, 4,437-447)。この低酸素状態が、がん細胞がアポトーシスを免れる原因の一つであると考えられています。詳細は省略しますが、低酸素状態を改善すれば、ミトコンドリアが増え、活性化され、ミトコンドリアルートのアポトーシスを起こすと期待されます。

低酸素状態を利用した抗がん剤のプロドラッグ(そのままではほぼ無害な化合物だが、ある条件で毒性化合物に変化する薬物。この場合は、がん組織内の低酸素条件でがん組織内で毒性化合物に変化する)も開発が試みられています。ただ、プロドラッグ自身が無毒な化合物であるとは限らず、また、低酸素環境下で効率的に毒性化合物に変化することも、これまでのプロドラッグの開発の歴史からは、容易でないと思われます。

炭酸ガス経皮吸収療法では、筋肉などの正常細胞はダメージを受けず、むしろ疲労回復促進作用が認められ、筋肉線維がトレーニングを行ったときと同じように変化するなど、CO2の作用にはマイナス面がほとんど見られません。がん治療においても正常細胞へのダメージがほとんどない、ミトコンドリアの増加、活性増強によるアポトーシス誘導が期待されます。
マウス移植腫瘍実験で、ハイドロジェル塗布式炭酸ガス経皮吸収システムにより、CO2は腫瘍細胞の増殖を抑え、副作用の指標である体重減少は見られませんでした(Takeda D, Hasegawa T, Ueha T, Imai Y, Sakakibara A, et al. (2014) Transcutaneous Carbon Dioxide Induces Mitochondrial Apoptosis and Suppresses Metastasis of Oral Squamous Cell Carcinoma In Vivo. PLoS ONE 9(7): e100530)
CO2には血管拡張・血流増加作用があるため、腫瘍細胞の転移促進の懸念がありましたが、腫瘍の転移に関係するタンパクの生成を抑制しました。
腹部に移植された骨肉腫細胞の肺への転移がCO2によって抑制されました(Risa Harada et al., Reoxygenation using a novel CO2 therapy decreases the metastatic potential of osteosarcoma cells, EXPERIMENTAL CELL RESEARCH,319(2013)1988-1997)。

炭酸ガス経皮吸収療法は、骨肉腫や乳がんなど、皮膚から近い位置のがんに対する有効性が期待されますが、内臓のがん組織へのCO2の到達は困難と予想されます。
そこで、内臓等の体内深部のがんに対しては、カテーテルを用いて炭酸水をがん組織近くに注入する方法を開発しました。
元々、炭酸ガスを血管内に注入して血液を追い出し、炭酸ガスで満たされた血管の画像を撮影する、炭酸ガス血管造影法という診断技術があります。炭酸ガスは血管内に入っても、組織に吸収されやすく、副作用もほとんどないため、比較的安全な造影法として知られています。

がん治療でも、同じく炭酸ガスを血管内に注入してもよいのですが、「CO2経皮吸収技術について」で説明したように、皮膚に限らず、組織に吸収されるCO2は、水に溶解した「分子状二酸化炭素」でなければなりません。気体状の炭酸ガスを血管内に注入しても、それが組織の水分に溶けなければがん組織に到達できません。気体状の炭酸ガスは、いったん、血管壁の細胞の水分に吸収され、溶けて溶存CO2(分子状二酸化炭素)となり、そこからがん組織に到達しなければなりません。それなら、最初から溶存CO2を使えば良いのです。すなわち、炭酸水の注射(実際にはカテーテルを使った動脈内注入)です。

炭酸水を注射したら死んでしまう、と思う方がほとんどではないかと思います。しかし、炭酸ガス経皮吸収療法により、溶存CO2(分子状二酸化炭素)が血管や筋肉などの組織に到達し、これらの細胞に治療効果を示す濃度でありながら、細胞にダメージを与えないことがわかっていました。そうであれば、経皮的でなく、直接血管に溶存CO2(炭酸水)を入れても同じことのはずです。

ウサギ大腿移植腫瘍モデルを使った炭酸水注入実験で、1回50mlの注入で、腫瘍細胞の縮小が観察されました(Ueshima E, Yamaguchi M, Ueha T, Muradi A, Okada T, Idoguchi K, Sofue K, Akisue T, Miwa M, Fujii M, Sugimoto K, Inhibition of growth in a rabbit VX2 thigh tumor model with intraarterial infusion of carbon dioxide-saturated solution.Journal of Vascular and Interventional Radiology : 27 Jan 2014, 25(3):469-476)。

その後、ウサギ肝腫瘍モデルに対する炭酸水の注入でも化学療法剤との併用効果と安全性が確認されました(Naoto Katayama Koji Sugimoto Takuya Okada Takeshi Ueha Yoshitada Sakai Hideo Akiyoshi Keiichiro Mie Eisuke Ueshima Keitaro Sofue Yutaka Koide Ryuichiro Tani Tomoyuki Gentsu Masato Yamaguchi, Intra-arterially infused carbon dioxide-saturated solution for sensitizing the anticancer effect of cisplatin in a rabbit VX2 liver tumor model, Int J Oncol. 2017 Aug;51(2):695-701)。

炭酸水の効果は期待以上のものでした。大型動物でも、炭酸水注入は比較的安全であったことから、比較的低コストで安全に実施できるがん治療法として期待されています。